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名古屋高等裁判所 平成8年(ラ)204号 決定 1997年1月29日

抗告人 清宮モリス・チャールズ

被抗告人 モリス清宮治子

未成年者 モリス清宮ジェド豪シェパード

主文

原審判を取り消す。

本件を名古屋家庭裁判所に差し戻す。

理由

一  抗告の趣旨及びその理由

本件抗告の趣旨及びその理由は、別紙「即時抗告申立書」及び抗告人作成の平成8年11月28日付け準備書面記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  抗告人と被抗告人は、平成2年7月26日婚姻の届出をした夫婦で、平成3年12月24日に長男ジェド豪シェパード(以下「未成年者」という。)が生まれ、同人は日本国籍と英国籍を有している。

(二)  被抗告人は、抗告人から、新婚旅行のときに首を絞められる暴行を受け、その後も、椅子で右腕を殴打されたり、長男の妊娠中にも臀部を蹴られるなどの暴行を受け、平成4年には被抗告人の父親の仲介のもとに抗告人が2度と暴力は振るわないと約束したことから婚姻生活をやりなおうそうと思い直したが、やはり抗告人から物を投げつけたり、身体を突き飛ばすといった暴行をされ、平成7年10月12日に抗告人から、話合いが済むまでは寝かさないとして受けた仕打ちが原因で離婚を決意し、翌平成8年1月27日、両親立会いのもとで未成年者を連れて申立人宅を出て、一時、被抗告人の両親宅に身を寄せ、同年3月から現在の住所で未成年者と2人で生活している。未成年者は付近の保育園に通園し、身体的にも精神的にも安定した生活を送っている。

(三)  抗告人は、平成8年5月18日、名古屋家庭裁判所に被抗告人との離婚及び未成年者の親権者を自己と定めること等を内容とする調停申立てをし、更に同調停が係属中の同年7月17日には同裁判所に被抗告人を相手方として、未成年者との面接交渉を求める審判を求める申立てをし、併せて本件審判前の保全処分の申立てをした。

(四)  被抗告人は、現在○○大学でスペイン語の助教授をしながら未成年者を監護養育しており、他方、抗告人は同大学の専任講師をしていたが平成8年9月下旬に解雇され、現在は英国に帰省中である。なお、抗告人は以前から病気治療等のため英国に帰国することが数回あった。

(五)  被抗告人は、抗告人が未成年者の監護養育に殆ど関与せず、未成年者と接触することがあっても自己の体調・仕事に合わせ、未成年者のことを考えた接し方ではなく、しかも同人の日本語の能力が不十分であるため未成年者との会話や意思疎通が困難であること、抗告人が別居後未成年者の養育費を含めた婚姻費用の負担に無関心であること、抗告人は前記調停を通じて主張する内容には虚偽の主張があること、未成年者は英国籍を有しているため抗告人が未成年者を極めて容易に英国に連れ出すことは可能であること等を理由に、現段階では、抗告人が未成年者と面接することを強く拒否している。

2  別居中のため子の監護養育を行っていない夫婦の一方に、子との面接を認めるか否かはあくまでも子の福祉に合致するか否かによって決定されるべきである。その場合、幼年期の子にとって大切なことは監護者との安定した関係を維持継続することであるから、子の両親間の対立、反目が激しく、その葛藤が子に反映してその精神的安定を害するときは、子と別居している親との面接は避けるべきであるといえるが、両親が子の親権をめぐって争うときはその対立、反目が激しいのが通常であるから、そのことのみを理由に直ちに面接交渉が許されないとすると、子につき先に監護を開始すればよいということにもなりかねず相当ではなく、右の場合でもなお子の福祉に合致した面接の可能性を探る工夫と努力を怠ってはならないというべきである。本件においては、未成年者の両親である抗告人と被抗告人が対立、反目していることが明らかであるが、前示のとおり抗告人も被抗告人も教養を備えた教育者なのであるから、その面接交渉の回数、時間、場所、更に家庭裁判所の調査官の関与、助言などを考慮、工夫をすることによって、未成年者に対する両親間の感情的葛藤による影響を最小限に抑える余地があると考えられる。

また、子が、面接を求める親に対し萎縮、畏怖、嫌悪、失望又は拒絶の感情を抱き、その精神面、情操面でマイナスになるときなどは、子と別居している親との面接は避けるべきであるが、本件の場合未成年者と抗告人とがそのような関係にあることをうかがうことができない。そうだとすると、面接交渉の審判がされるまでの僅かの期間ではあるが、前記工夫のもとで面接交渉が実施されることが望ましいし、その必要性もあるというべきである。抗告人は現在日本での職を失い英国に帰国しているが、代理人を通じて、前記調停や本件の本案も係属・進行している以上、右事実は前記結論を左右するものではなく、また、被抗告人は、未成年者が英国籍も有しているため、抗告人が面接を奇貨として未成年者を英国に連れ出してしまう危険性があるというが、前示のように、抗告人は良識を備えているとうかがえるし、面接方法につき前記の工夫を行うことにより、そのような危険を回避することは可能であると考えられる。

3  よって、抗告人と未成年者との面接を求める申立てを却下した原審判は相当ではないから、これを取り消し、更に審理を尽くさせるため、本件を名古屋家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渋川満 裁判官 遠山和光 河野正実)

(別紙) 即時抗告申立書

名古屋高等裁判所 御中

平成8年10月2日

抗告人代理人弁護士 ○○

当事者の表示 (編略)

抗告の趣旨

名古屋家庭裁判所平成8年(家ロ)第1011号審判前の保全処分申立事件について、同裁判所が平成8年9月19日になした「本件申立を却下する。」との審判を取消し、本件を名古屋家庭裁判所に差し戻すとの裁判を求める。

抗告の理由

1.原審判は、申立を却下した理由として、<1>「父母が対立する状況のもとで未成年者が現在別居している親と面接することは、その円滑な実施が望めず、かつ未成年者に心情的な混乱を与えるなど悪い影響を及ぼす虞がある」、<2>「本案の審判がなされる前に上記のように事実上相手方によって監護養育されている未成年者と申立人が面接をしなければならない必要性があるとは認められない」との2点を指摘している。

2.しかし、<1>については漠とした虞があるというにすぎず、何ら正当な理由とはならない。現に、抗告人は、相手方が長男を連れて家出をするまで、長男の世話をし、長男も抗告人にとても懐いていたのである。これは、抗告人の複数の友人が陳述書で証明している。

また、原審判は、父母が対立する状況のもとで面接することは望ましくないともいうが、対立状態は、相手方が家出をしてから突如として始まったことではなく、同居をしているときから存在していた。しかも、父母が対立しているからといって、どうして片方の親をだけ不利益に扱う必要があるのだろうか。そもそも、対立状態は、相手方の極端に意固地な性格に起因するものであり、この事実も、抗告人の複数の友人が陳述書で証明している。

3.<2>については、親子の情愛を何ら理解しない見解と評する外はない。抗告人は長男ジェド豪シェパードの父親であり、親権者である。原審判の裁判官は、親が子供との接触を断たれている苦しみを理解することができないのであろうか。長男にしても、母親と父親の双方の愛情を受ける権利がある。片親との接触を禁じることは、子供の福祉にも著しく反する。

4.抗告人が本件において求めているものは、長男が幼く、相手方が実力行使をしたままの状態が継続すると、長男と抗告人との繋がりを維持することが著しく困難となるので、(長男は、相手方及び相手方の父母との生活に浸かって抗告人の存在を忘れてしまう)、将来親子関係を持続することを困難にするような取り返しのつかない損害を避けるために仮処分を求めているのである。それも、月2回の面接を求めるという、まことにささやかな要求である。子供の引き取りを要求するものでもないので、これによって相手方に具体的な損害を生ずるはずもない。

このような父子関係維持のための最小限の望みをも断ち切るというのは、あまりにも非人間的な判断というほかはない。

そもそも、抗告人と長男は、親子として接触する憲法上の権利を有しているはずである。原審判は実力行使で長男を連れ去り、その後も頑として抗告人に会わせようとしない相手方の違法行為を追認しようとするものであって、とても正当な判断とはいえない。

よって、即時抗告に及ぶ次第である。

(別紙)

平成8年(ラ)第204号

準備書面

名古屋高等裁判所 御中

平成8年11月28日

抗告人代理人弁護士○○

当事者の表示 <省略>

1 原審は、当初から抗告人に面接交渉権を認めることに消極的であった。担当調査官も、当初から、「審判には強制力がないから意味がない……」と否定的であった。

しかし、裁判所としてこのような態度でよいのだろうか。審判には強制力がないから出しても意味がないといって却下するのでは、審判制度そのものが意味をなさなくなるであろう。

抗告人は、未成年者の父親、そして親権者として、当然子供に会う権利を有している。原審判は、この親としての当然の権利を否定するものであって、到底容認しうるものではない。面接交渉についての審判が確定するまで、親としての権利が阻害されないようにこれを保護するのが、保全処分の目的であるはずである。子供に会う機会を与えられないままで、数ヶ月数年が経過し、その後でかりに面接交渉権が認められたとしても、もはや失われた時間を取り戻すことはできず、抗告人、そして父親との接触を断たれた子供としては、取り返しのつかない損害を被ることになるのである。

2 そもそも相手方自身も、調停前の抗告人との話し合いの中で、「権利として無視はできないとの気持ちで、1ヶ月に1度くらいならしかたない」と認めていたのである(調査官の平成8年9月12日付調査報告書)。そして、「面接交渉は申立人の権利であり、その主張は全く拒否はできないことは理屈では承知している」とも述懐している(同報告書)。どうして原審がもっと相手方を説得しなかったのか、残念でならない。

3 なお、相手方は、抗告人が暴力を振るうとか、養育費を支払わないなどと主張するが、これも面接交渉権を否定する理由とはなりえない。

暴力については、相手方の主張自体が著しい誇張であって事実に反するが、かりに百歩譲ってそれが事実と仮定してみても、相手方の言によれば抗告人の暴力は子供の出生前から存在したというところ、相手方は、これまで未成年者の出生後別居するまで5年間にわたって抗告人と同居し、抗告人に子供の世話もさせてきているのである。これまで抗告人と子供との接触を容認しておいてこれを突如として否定すべき合理的な理由は全くない。これまで毎日接してきていたのを突如として否定するのであれば、それだけの具体的かつ合理的な事情の変化がなければならない。

養育費についても、別居後子供を一度たりとも会わせないでおいて他方で養育費を払えというのは、全く理不尽な要求といわねばならない。

そもそも、抗告人は相手方と同居中、給料はすべて相手方に渡してきていた。相手方は、これをすべて自己のものとして蓄え、ひそかに別居を決意するや、両名で蓄えた資金を使用して日進町に自宅を建築し、これが完成する直前になって、突然抗告人を見捨てて新築した家屋に移り住んだのであった。抗告人としては、収入を全部吸い上げられた末、一文無しで放り出され、計画的な詐欺にあったようなものであった。

4 ちなみに、子供が抗告人になついていたことは、相手方の意見からもこれを窺い知ることができる。相手方も、調査官に対しては、「子は申立人に遊んでもらうことは喜んでいた」ことを認めているのである(調査官の平成8年9月12日付調査報告書)。

なお、相手方は、子供が、「ダディー好き、マミー嫌い」と言っていたことに対し、抗告人が子供に吹き込んだかのように穿っているが、これは、実際には、子供の本音である。相手方も、「子に対して厳しい方である」ことは認めている(調査官の平成8年9月12日付調査報告書)。実際には、あまりに細かいことまでに厳しく、子供は萎縮していたのであった。

5 なお、相手方は、抗告人が子供を英国へ連れ帰ることを恐れているが、それなら、それを禁止条件にして保全処分を出せば足りることである。抗告人が子供を保育園から連れ出そうと思えばそれをすることができたのに、実力行使は望ましくないと考え、これを自制してきた事実こそ重視すべきである。

実際には相手方こそ実力行使で子供を抗告人のもとから奪い去ったものであり、この点からしても、原審の判断は、実力行使を敢行した相手方の違法行為、そしてその結果としての現在に至る違法状態を追認するものであって、到底容認することができない。

6 付言するに、抗告人は、夏期休暇に治療のため英国に帰国していたが、後期授業のため日本へ戻った直後に勤務先の大学から解雇され(抗告人としては、同じ大学に勤務する相手方の働きかけがあったのではないかと推測している)、現在再び治療のため一時帰国しているが、近いうちに日本へ戻る予定でいる。子供への接触を断たれたまま一時帰国をせざるをえなかった抗告人の心情を思いやっていただきたい。

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